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高松高等裁判所 昭和36年(ラ)51号 決定

抗告人 仲井雪治

相手方 岡静子

主文

原決定を取り消す。

高知地方裁判所昭和三五年(ヲ)第九五号事件の不動産引渡命令に基く執行は、これを許さない。

本件異議並びに抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

抗告人は、主文第一、二項同旨の裁判を求めた。その理由は、別紙記載のとおりである。

本件異議の要旨及びこれに対する相手方の陳述は、原決定摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて案ずるに、相手方は、昭和三四年一一月二八日抗告人に対し金一〇万円を貸与し、その元利金等債権担保のため抗告人所有の別紙目録記載の不動産に抵当権の設定を受け、昭和三五年四月二一日高知地方裁判所に右抵当権実行のための競売の申立をし、同裁判所は、同庁同年(ケ)第七一号宅地建物競売事件としてこれを受理し、同年七月九日右物件につき相手方を競落人として競落許可決定をなし、同年八月三〇日相手方の申請により、執行吏中西勇之助は右物件に対する抗告人の占有を解いて相手方にこれを引き渡すべき旨の本件引渡命令(同庁同年(ヲ)第九五号事件)をなしたことは、記録上明らかであり、右引渡命令は、競売法第三二条により任意競売に準用せられる民訴法第六八七条の規定に基くものと解せられる。

当裁判所も、本件異議の申立は適法であると考える。その理由は、原決定説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて進んで本件異議の当否につき判断することとする。

およそ、競売手続において、競落人の地位は、通常の売買における買主の地位に、また、執行債務者即ち競落物件の前所有者の地位は、同売主の地位に準ずべきものである。それで、競落人は執行債務者に対し、買主の売主に対する売買物件引渡請求権に準ずる競落物件引渡請求権を有するものというべく、前記規定が訴によらない引渡命令による競落物件の引渡方法を認めた趣旨は、この引渡請求権を簡易迅速に実現し、以つて競落人を保護せんとするに在ると解するのが相当である。

それで、競落人が競落物件を執行債務者に売り渡したときは、右に述べた競落人保護の必要は、ここに消滅し、その後右売買契約が解除せられるようなことがあつても、右保護の必要は復活するものではないと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、本件引渡命令がなされた後昭和三五年一二月二六日競落人たる相手方は執行債務者たる抗告人に本件競落物件を売り渡したことは、記録中の不動産売買契約公正証書謄本により明らかであるから、相手方に対する右保護の必要は、ここに消滅したというべく、また、仮にその後において右売買契約が解除せられたとしても、右保護の必要は復活すべきものではないことは、前段説示するところから明らかであろう。

果して然らば、相手方に対する右保護の必要が消滅している今日においては、本件引渡命令は、その執行の許され得ないことは当然の理であり、右執行不許の宣言を求める本件異議の申立は、抗告理由につき判断するまでもなく、理由があるというべきである。

なお、記録中の前記公正証書謄本記載の条項中、第二条の条項によれば、本件競落後抗告人は本件物件を一旦相手方に引き渡した後、更めて相手方からその引渡を受けたことが認められるのであるが、かように執行債務者が競落物件を一旦競落人に引き渡した場合には、たとえその後において執行債務者が何らかの事情により再びその占有を取得したとしても、競落人がその引渡を受けるには、前記規定に基く引渡命令によることができないことは、右引渡命令の認められた前記趣旨から明らかであるから、本件異議の申立は、この点からしても理由があるというべきである。

それで本件異議の申立を理由なしとして却下した原決定は、不当であるから、これを取り消し、本件異議の申立を認容することとし、本件異議並びに抗告費用の負担につき民訴法第九六条第八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 横江文幹 安芸修 野田栄一)

目録

高知市農人町字農人町四八番

一、宅地 四拾参坪

同所字四八番地上

家屋番号 同町四壱番

一、居宅 木造瓦葺平家建 壱棟

床面積 拾九坪七合九勺

一、浴室 木造瓦葺平家建 壱棟

床面積 弐坪八勺

抗告理由

一、本件不動産競落後当事者間になされた同不動産売買契約に対し相手方がなした本件の解除行為が有効であるとの判断の根拠として原裁判所は本件不動産に関する固定資産税未納金が相手方において支払うべきものとしても本件代金支払義務とは対価関係をなすものではなく同時履行の関係にはないから本件契約解除の効果を阻止し得ないと判示しているが本件契約は本件不動産についての売買を目的とする双務契約で、その契約中に定められた右税金支払条項は不動産の価値並に権利関係に密接に附随した契約条件の一部をなすものであつて、その代金全額にあらずとも少なくともその内金の対等価格については相互に同時履行の関係にあることは借家における家屋修繕義務と家賃金債務との場合におけると同様であると言わねばならない。即ちかかる関係にある契約に対して相手方が自己の債務を全く提供しないでなした本件の如き催告によつては、前記抗弁権を有する抗告人は民法五四一条による履行遅滞の責任を負わないのであるから相手方に契約解除権は発生しない。仍てこれが解除による効力は認めることが出来ない。

二、仮りに右解除が法律上有効であると仮定しても抗告人は更に次の如き新たな抗弁事実を有する。即ち抗告人と相手方間で本件不動産に関する前記の売買契約が締結せられた際相手方は、相手方に於て本件引渡命令による引渡の執行を直ちに取下げること並に爾後同引渡命令による執行は一切しないことを確約したものであつてこれには西山構一外三名の立会証人もあるので明白な事実であるが相手方はその約束にも拘らずひそかにその執行取下を為すこともなく今日に至り、該事件が尚執行吏の手に保留せられあるを奇貨として不法にその執行の続行をなしたものである。仍てかかる執行は法律上認め難い。

三、尚抗告人が相手方との間に前記売買契約をなすに至つた経緯について後日検討するに相手方は当初より本件不動産を抗告人に売渡す意志がなく、当時抗告人の所有であつた高知市農人町四八の参宅地参坪が本件不動産の価格を左右する重要な場所に所在する関係上先づこの参坪の土地を入手せんと企図しその一手段として一応抗告人との間に本件不動産の売買契約を締結し種々の理由にかこつけて右参坪の土地をその手に収めたがその後右売買契約の成立を阻害するため抗告人の代金調達工面の努力をことごとに妨害しついに抗告人をして約束の期限にその代金支払を不能ならしめ、その機に乗じて売買契約を解除し本件の執行に及んだものである。即ちかかる悪意ある企図のもとに前記経緯によつてなされるに至つた本件契約解除行為は明らかに権利の乱用であり、且つ信義誠実の原則に反するものであり無効である。

仍て本件執行を排除する為此抗告に及んだ。

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